亡霊の詩 天貫勇

床に寝そべって、ソファに首を曲げて、テレビを見てる。のか。
握ったTVリモコンのボタンをテキトーに押して、
画面に映るCM・CM・CM・・・をザクザクと流してる。のか。
それとも、そのどちらでもない。のか。
コロッケになる前のラップされた冷えたポテトサラダなのか。
誰かが閉め忘れたリビングのドアはぼくのちょっと後ろで、調整の効かない弁になっている。
落ち着きがない、落ち着かない。
ここの空気は廊下へと去って行く。
そのあとは小さい黒いクモの巣に引っかかったり、別の出口を探したり。
引き抜かれ、わずかな隙間からの音は笛吹き男的にぼくを立ち上がらせる。
すっかり床に移ってしまった意識を引き剥がさなくちゃいけない。
月面を歩く重装備の白い宇宙飛行士のようにして、足を数歩、前へ進ませる。
足跡は重要じゃなくて、消毒用アルコールのようにすぐになくなる。
ドアまで二歩半のところで、舌打ちなシャッター音が一秒を分解する。
スキマカゼはいつの間にか止まっていて、
―一眼レフカメラをぼくに向けて構えたぼくそっくりなぼくの亡霊が
塞き止める。ぼくが静止する。
はさまっているぼくの亡霊。
心臓の圧迫、肺の膨張、唾液の枯渇などは正面から隠し撮られる。
ぼくの亡霊の顔はもちろん、カメラで隠されてはいるんだけど、
ただはみ出している口はやっぱりぼくの口で、
左目を強く閉じているのかひねられた煮干のように少し曲がった口。
(髪型って普段からそんなにボサボサなのだろうか寝起きならまだしも?)
髪の毛を少し撫でつけてみる。
目の前にぼくの亡霊?いやいやそれっておかしい
生きているのはぼくなんだから
それでもそいつを亡霊だと言えるのは
なんだかぼくより騒いでいるんだ
写真を撮ることで養分を吸い取るようにして
ぼくは一歩確実に後退って、上半身を滑らせるようにして、
ダイニングテーブルの上にあるiPhoneを手にとって、するりとカメラを立ち上げて、
レンズをぼくの亡霊に向けて、スタートボタンに親指を吸い付ける。
ムービーの撮影が始まり、今度はぼくが―
《時間がカリカリと削り落とされて、
行き先を失い、
円柱状に掘り出された土が、
円柱状に固められる成り行きにして・・・》
メッセージが割り込んで受信される
ぼくの亡霊からのぼく宛のメッセージ
開くことなく「削除」。ゴミ箱に入れる。


亡霊の詩 天貫 勇