Friday No.67 って時は心で「今の環境に満足している」んですよね。

いとうせいこうさんに聞く、コロナ禍の今できること。そしてこれから「自分の中にこもる」時間や「遅い言葉」に触れることが、不安と向き合うためのヒントになるかもしれません。

今みたいに先が見えない、不安であるっていう時には、心の病が忍び込みやすいですよね。なのでそんな時は、思いっきり自分にこもっちゃう方がいいんだなと思ってます。


一つのことに集中する、ということですよね。


「箱庭療法」っていうのがありますけど、箱庭を自分で作っていくうちに、その箱庭がだんだん変化していって、最終的にそれが整っていくっていう、ユング派のやり方です。



緊急事態中の外出自粛での僕の自宅の断捨離的清掃活動はつまるところ「箱庭療法」だったんだ。なるほどふむふむぽんぽこりん。知らぬ間に療法(もしくは癒し・暇潰し)になっているから少しばかり本気になって私財品の整理に勤しんでいた。現在も書籍の整理にゆるゆると勤しんでいます。

すると自宅には「片付けをしている自分」がいて「療法すべき自分」がいたんだ。今を見直し、この状況を息抜き、未来を見るために(カッコよく言えば)。

けれども家の散らかり度合いがそのまま自分自身の精神状況を表しているとなると、散らかってゴミ屋敷みたいなのは「荒れている」と判断できるので分かりやすい。しかし整理整頓されているから必ずしも「整って人間」いると断定してしまうのは少々危険なことのように思えます。太っている人は食い意地が悪くて、生活にダラシないので太っていると決めつけるように。

人間性みたいなものに完成形は無い、とすれば当然部屋の様子は日々変化するし、変化させることを心がけていれば自ずとそこで暮らしている個人も良い変化を半分くらい無意識に行える(のかもしれません)。


やっぱり人間は環境によって行動を決定されている場合がほとんどです(逆に無のような完全に影響を及ばさない場所はなくて、そこにある日突然放り込まれたら人間はどうなってしまうのだろうか?)。

現状の自分から変わりたいと思ってはいる。けれどもなかなか変われない。ってかそもそも変わるための行動できていない。って時は心で「今の環境に満足している」んですよね。

あらやだやだ(と言いつつも無意識に環境の支配をつけている僕)。


環境を変えれば変えられるのは前向きで建設的な考え方だと思う。



end...

『今日』にトマッテくださり、ありがとうございます。

またね。天貫 勇 Friday No.67