Friday No.34(36) 『ブラックホールを飲み込んで』
死んだ体は(もしくは眠った体は)
燃やされて時間を止めた不透明な色になり
減り込むように土に埋められた(かと思えば)
アスファルト、つまり地球から足が離れる
フワフワ浮かんで僕は
空を飛んでいる
月に近づく、流れ星に追いつく、かと思えば
短なブレスのように宇宙に落っこちる
(夢を見ることになるよ)
クレーターの落とし穴へ
『ブラックホールを飲み込んで』
☆
詩(みたいな短い文章)を書き始めて、ぼちぼち1年になります。2018年の10月頃にふと「短い文章が書けるっぽいな」と自覚してから1年は確実に経過しました。その辺の記憶が曖昧で書き出したのが先か、自覚したのが先かは定かではありません。
その自覚は料理している時「なんだが味がいまいちだな・・・・、そうだケチャップを入れてみよう!」というような、経験とちょっとした思考からひらめいた感じに似ていると思います。けれどもそれは凄い驚きでした。自分の家の真下から急に温泉が湧き出たような驚きです。
詩(みたいな短い文章)を書き始めて何が変わったのか?
基本的には何も変わっていません。なぜなら詩(みたいな短い文章)を書くことはもともとぼく自身に備わっていた「能力」と言うか「個性」だからです。クラスに毎年リレーの選手に選ばれる足の早い子がいたり、数学のテストで満点を取る子がいたり、クラスの男子全員が口を揃えて可愛いと言う女子がいたりするのと同じです。
けれどもそれを自覚したこと自体が大きな変化です。毎日2時間、詩(みたいな短い文章)を書いていますが残りの22時間は全部、詩(みたいな短い文章)のインプットの時間であると考えるようになりました(ちょっと大袈裟ですが)。そのインプットが必ずしも詩(みたいな短い文章)に使われるわけではなくて、必要に応じて絵、イラストレーション、文章etc…の創造に繋がります。
自分の家の真下から急に温泉が湧き出たような驚きです。
と書きましたが。本当にそんな感じで、自分の中に詩(みたいな短い文章)を書ける水源を見つけたんです。別にそんなものは垂れ流し続けて、野生のサルが浸かればそれはそれで良いんですが、ぼくなりにそのお湯で温泉を作りたくなったんです(喩えですけど)。
なぜ「詩(みたいな短い文章)」なんて回りくどい表現を繰り返すのか?
「詩」と言い切れば良いじゃないか!と思われるだろうし、ぼくもそう思います。笑
誰かに分かりやすく説明する場合、おそらく「詩」にカテゴライズされるとは思います。でも、ぼくは詩をほとんど読んだことがないので現状ぼくが書いているものが詩になっているか分かりません。それに、そもそも「詩」ってものがなんだかよく分からないものでもあると思います。
そのうち書き溜めているもので、いわゆる「詩集」みたいなものができた時に初めて、今書いているものがなんだか分かる気がします。誰かに読んでもらって、そのヒトが「詩だ!」と思えば詩になるわけです。
詩(みたいな短い文章)を書くことは楽しいことなのか?
別に楽しくはありません。辛くもありません。
明日もぼくはコリコリと2時間、詩(みたいな短い文章)を書きます。
*
首里城が燃えてしまいました。
未然に防ぐことができなかったのか?
*
『今日』にトマッテくださり、ありがとうございます。
またね。天貫 勇 Friday No.34(36)
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